産業医との契約が終了するとき、「後任の産業医を決めて、選任届を出せばよい」と考えていると、手続きが抜けることがあります。2026年8月1日から労働安全衛生規則が改正され、産業医を選任する義務がある事業場では、産業医の辞任・解任・退任そのものについても、所轄労働基準監督署長への報告が義務化されました。
ただし、今回増えたのは行政への報告手続きです。産業医が辞めた後の14日以内の後任選任や、辞任・解任時の衛生委員会への報告とは、それぞれ別の義務として整理する必要があります。産業医の交代では、「退任を報告したから手続き終了」ではありません。
2026年8月から、産業医の辞任・解任・退任も報告対象に
労働安全衛生法では、常時50人以上の労働者を使用する事業場について、産業医の選任が義務付けられています。人数は企業全体ではなく事業場単位で判定します。例えば、同じ会社に複数の支店や営業所がある場合には、それぞれの事業場について選任義務の有無を確認します。
従来から、産業医を選任した場合には、所轄労働基準監督署長への報告が必要でした。2026年4月28日に公布された厚生労働省令第86号により労働安全衛生規則第13条が改正され、同年8月1日以降は、選任義務のある事業場で産業医の辞任、解任または退任があった場合にも、産業医の氏名、辞任等の年月日などを遅滞なく報告することになりました。
ここでいう「遅滞なく」は、「14日以内」と同じ意味ではありません。法令は、辞任等の労基署報告について具体的な日数を定めず「遅滞なく」と規定しています。一方、後任の産業医については、選任すべき事由が生じた日から14日以内という期限があります。この二つを同じ期限として管理しない方がよいでしょう。
後任を同時に届け出る場合は、辞任等の報告を別に出さなくてよい
産業医の交代が予定されており、前任者の退任と後任者の選任を続けて行える場合には、報告を二重に行う必要はありません。
改正後の労働安全衛生規則第13条第5項では、後任者の選任報告において、前任産業医の氏名と辞任・解任・退任の年月日を併せて報告した場合、その報告をもって辞任等の報告に代えることができるとされています。
したがって、産業医の交代日があらかじめ決まっている場合には、前任者と後任者の情報をまとめて選任報告する運用が可能です。
問題になるのは、産業医が辞任したものの、後任者がまだ決まっていない場合です。この場合、「後任が決まったときにまとめて届ければよい」と待つことはできません。前任産業医の辞任等については遅滞なく報告し、並行して後任者を選任する必要があります。今回の改正は、こうした産業医不在の状態を労働基準監督署が把握できるようにすることを目的の一つとしています。
労基署への報告と、衛生委員会への報告は別の手続き
産業医が交代するときに特に混同しやすいのが、労働基準監督署への報告と衛生委員会への報告です。
労働安全衛生規則第13条第4項では、産業医が辞任したとき、または事業者が産業医を解任したとき、事業者は遅滞なく、その旨と理由を衛生委員会または安全衛生委員会へ報告しなければならないとされています。この規定は、今回の2026年8月改正より前から存在しています。
両者は次のように分けると整理しやすくなります。
| 手続き | いつ必要か | 報告先 | 期限 |
|---|---|---|---|
| 辞任等の報告 | 産業医の辞任・解任・退任があった場合 | 所轄労働基準監督署長 | 遅滞なく |
| 後任産業医の選任 | 産業医を選任すべき事由が生じた場合 | ― | 14日以内に選任 |
| 選任報告 | 後任産業医を選任した場合 | 所轄労働基準監督署長 | 遅滞なく |
| 辞任・解任の社内報告 | 産業医が辞任した場合、または事業者が解任した場合 | 衛生委員会・安全衛生委員会 | 遅滞なく |
行政への辞任等報告では「辞任・解任・退任」が対象ですが、衛生委員会への報告について条文上明記されているのは「辞任・解任」です。似た手続きでも、対象となる出来事と報告先が同じではありません。
実務では、衛生委員会の議事録にも産業医の変更日、辞任・解任の場合にはその旨と理由、後任者の選任状況を残しておくと、その後の担当者交代時にも経緯を確認しやすくなります。
産業医が辞めた後は14日以内に後任を選任する
常時50人以上の労働者を使用する事業場では、産業医が辞任等したからといって選任義務が一時的になくなるわけではありません。
厚生労働省は、選任していた産業医の辞任等があった場合、その日から14日以内に新たな産業医を選任する必要があると案内しています。新規採用などによって初めて50人以上となった場合も同様に、産業医を選任すべき事由が発生してから14日以内の選任が必要です。
この14日間は、後任者を探し始めるための期間ではありません。後任の医師について資格要件を確認し、契約条件や訪問方法を調整し、選任できる状態まで進める必要があります。
したがって、任期満了など交代時期を事前に把握できる場合には、退任後に後任を探すのではなく、前任者の在任中から選定を進める方が現実的です。産業医・産業保健サービスでは、産業医選任に加えて衛生委員会や健康診断後の対応など、選任後に必要となる産業保健体制も確認できます。
50人未満になって産業医が退任する場合は扱いが異なる
今回の報告義務は、産業医の選任義務がある事業場で産業医が辞任等した場合を対象としています。
例えば、従業員数の減少によって事業場の常時使用する労働者が50人未満となり、法令上の産業医選任義務そのものがなくなった後に産業医が退任する場合、厚生労働省の通達では辞任等の報告は法的義務ではないと整理されています。ただし、労働基準監督署が選任状況を把握する観点から、報告することが望ましいとされています。
これは、「50人未満になれば、すでに生じていた未報告まで不要になる」という意味ではありません。どの時点で事業場の人数が変わり、いつ産業医が退任したのかを確認したうえで扱いを判断します。
また、50人未満になると産業医の選任義務は原則なくなりますが、健康診断後の医師の意見聴取など、事業場規模にかかわらず必要な健康管理までなくなるわけではありません。この点は、既存記事「健康診断は『再検査を勧めて終わり』ではない―企業が行うべき事後措置とは」でも整理しています。

交代時は行政手続きだけでなく、未完了の産業保健業務を引き継ぐ
産業医の変更では、選任報告まで終わると事務手続きは一段落します。しかし、会社側では前任産業医が担当していた健康管理業務の引継ぎも確認しておく必要があります。
例えば、健康診断後の医師意見がまだ得られていない労働者、就業制限後の再評価が予定されている労働者、長時間労働者や高ストレス者への面接指導、職場巡視で継続確認となった事項などです。個人の健康情報だけをまとめて後任者へ渡すのではなく、「何について、どの時点まで対応済みで、次に何を確認する必要があるか」という業務単位で整理すると、対応漏れを把握しやすくなります。
健康診断結果や面談内容などの多くは要配慮個人情報に当たります。事業者が労働者の心身の状態に関する情報を収集・保管・使用するときは、健康確保に必要な範囲で取り扱うことが労働安全衛生法第104条で定められています。産業医交代を理由に、関係のない人事担当者まで詳細な健康情報を共有することは避け、事業場の健康情報取扱規程に沿って引継ぎ範囲を決めます。
2026年8月の改正後は、産業医が辞めたときの手続きを「後任の選任届」だけで管理することはできません。前任者の辞任等を労基署へ報告したか、14日以内に後任を選任したか、辞任・解任であれば衛生委員会へ報告したか、未完了の健康管理業務を引き継いだかを分けて確認する必要があります。
産業医の契約終了日が決まった段階でこれらを一つの交代フローとして管理しておけば、法定手続きと実際の健康管理の双方で空白を生じにくくなります。
参考資料
- 厚生労働省「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行について(令和8年4月28日 基発0428第4号)」
- 厚生労働省「産業医による労働者の健康管理等を徹底しましょう」
- e-Gov法令検索「労働安全衛生法」
- e-Gov法令検索「労働安全衛生規則」
- 東京労働局「総括安全衛生管理者、安全管理者、衛生管理者、産業医のあらまし」
