THPは「二次予防」へ―厚労省報告書で企業の健康づくりはどう変わるか

会社の健康施策というと、定期健康診断、特定保健指導、運動や食生活の改善といった取組が中心でした。そこに、がん検診など疾病を早期に見つけ、必要な人を精密検査や治療へつなぐ役割まで含めるのか。この境界について、厚生労働省が一歩踏み込んだ方向性を示しました。

2026年8月21日に公表された「事業場における労働者の健康保持増進の在り方に関する検討会」報告書は、従来の生活習慣改善などによる一次予防に加え、疾病の早期発見・早期治療という二次予防も職域で推進する考え方を示しています。ただし、現時点で企業に一律のがん検診等の実施義務が新設されたわけではありません。ここを分けて読む必要があります。

THPはこれまで、一次予防を中心に設計されてきた

THP(Total Health Promotion Plan)は、労働安全衛生法第69条の健康保持増進措置を具体化するための「事業場における労働者の健康保持増進のための指針」の通称です。

労働安全衛生法第69条は、事業者に対し、健康教育、健康相談その他の健康保持増進措置を「継続的かつ計画的に講ずるように努めなければならない」と定めています。したがって、法定健康診断の実施義務とは性格が異なり、THPの基本的な位置づけは健康保持増進についての努力義務を具体化する指針です。

2026年2月に改正された現行THP指針では、運動指導、メンタルヘルスケア、栄養指導、口腔保健指導、保健指導などが具体的な措置として挙げられています。生活習慣病の発症・重症化予防やコラボヘルスは既に位置づけられていましたが、「二次予防」や「がん検診」を健康保持増進対策の柱として明示する構成にはなっていません。

今回の報告書は、この範囲を明確に広げようとするものです。

新たに示されたのは「見つけて、医療につなぐ」ところまで

報告書では、生活習慣改善等による疾病の発症予防を一次予防、疾病の早期発見・早期治療を二次予防と整理し、今後は二次予防の取組も推進すべきだとしています。

対象となる健康課題として挙げられたのは、がんだけではありません。

  • がん
  • 女性特有の健康課題
  • 歯科疾患
  • 骨粗しょう症
  • 眼科疾患

女性特有の健康課題については、月経不順、月経困難症、過多月経、月経前症候群、更年期障害なども例示されています。

企業側の関わり方として報告書が想定しているのも、単に社内健診へ検査項目を追加する方法だけではありません。事業者自身または医療保険者と連携して健康診断の機会に検診を提供する方法のほか、労働者が居住する自治体の検診を案内すること、受診のための休暇を設けること、検診結果に応じて精密検査の受診を勧奨することなどが示されています。

ここから見えるのは、職域の健康施策を「年1回検査を実施する」だけで完結させない考え方です。検診の機会を知らせ、必要な人が受診できる環境をつくり、要精密検査となった人を次の医療につなぎ、治療が必要となれば就業との両立を支える。報告書は、この一連の流れを職域の健康保持増進の中で扱おうとしています。

ただし、会社に「がん検診等の実施義務」が生じたわけではない

今回の報告書を、法定健康診断の検査項目が増えたものとして読むのは適切ではありません。

報告書自身が、業務起因性が必ずしも認められない疾病の二次予防について、「必ずしも事業者のみが推進の責務を負うものではない」としています。そのうえで、各事業場が実情に応じて取り組めるよう、THP指針の改正や国による支援によって自主的な取組を後押しする方向を示しています。

また、2026年8月24日時点で厚生労働省が掲載している現行THP指針は、2026年2月10日改正の第12号です。8月21日の報告書には今後の改正内容を示した「新旧表(案)」が添付されていますが、日付や公示番号は未確定のまま記載されています。したがって、報告書で方向性が決まった段階と、改正THP指針が正式に公示された段階は分けて扱う必要があります。

法定健康診断については、これとは別に労働安全衛生法第66条以下の義務があり、異常所見者については医師から就業上の措置に関する意見を聴く仕組みがあります。受診勧奨と就業判定の違いについては、健康診断は「再検査を勧めて終わり」ではない―企業が行うべき事後措置とはでも整理しています。

今後、任意のがん検診等を充実させる場合も、この法定健診の事後措置と同じ制度として処理するのではなく、目的と運用を分けて設計した方が整理しやすくなります。

「検査を増やすこと」が二次予防ではない

今回の方向転換で、企業が特に注意したいのが検査項目の選び方です。

報告書は二次予防を推進すると同時に、検診等を提供する際には「健康増進事業実施者に対する健康診査の実施等に関する指針」を踏まえ、健診・検診プログラムの要件や精度管理に留意するよう明記しています。

この健康診査等指針は、新しい検査を導入する際にかなり踏み込んだ条件を示しています。対象とする健康課題が明確であること、検査の精度と有効性が明らかであること、早期治療・介入によって予後を改善する科学的根拠があること、精密検査などの事後措置まで実施できる体制があることなどです。

さらに、健診・検診プログラムについては、起こり得る身体的・精神的不利益を上回る利益があることや、死亡率または有病率を減少させる効果について質の高い科学的根拠があることまで要件に挙げられています。

これは実務上、かなり大きな意味を持ちます。

福利厚生として「検査メニューを増やした方が健康に良さそうだから」と無症状の従業員へ検査を追加すればよい、という考え方ではありません。低リスクの集団へ検査を広げれば、疾患を早期に発見できる人が増える一方、偽陽性による不要な精密検査や不安、過剰診断などの不利益も生じ得ます。

企業が二次予防へ関与するほど、「何を検査できるか」ではなく「誰に、何を、どの間隔で行うことに根拠があるか」を確認する必要が出てきます。

そして、要精密検査という結果を本人へ返して終わるのであれば、早期治療まで含む二次予防としての効果は限定されます。検査を導入するときには、対象者の選定、結果通知、精密検査への誘導までを一つの運用として検討する必要があります。

PHRの記載は「会社が健康情報を集める」という意味ではない

報告書には、PHR(Personal Health Record)も登場します。

具体的には、短時間労働者など医療保険者のがん検診等の対象にならない人にも自治体検診を案内することに加え、労働者自身がデジタルツール等を利用して、生涯にわたる自らの保健医療情報を把握するよう促すことが示されています。

ここで主語になっているのは、基本的に労働者本人です。PHRを活用するという記載から、会社が従業員の診療歴や検診結果を一元的に取得すべきだと読むことはできません。

会社が任意の検診や健康管理活動を通じて健康情報を取得する場合には、別途、健康情報の取扱いを考える必要があります。厚生労働省の健康情報取扱い指針では、事業者が健康管理活動を通じて得る心身の状態に関する情報の多くは要配慮個人情報に該当するとし、取扱目的、取り扱う者の権限、共有範囲などを規程として整理する考え方を示しています。

二次予防を広げるほど企業が保有し得る健康情報も増えるため、「検診を提供すること」と「結果を会社が取得すること」は分けて考えた方がよいでしょう。就業上の配慮に必要な情報まで共有すれば足りるのか、詳細な検査結果まで人事部門が保有する必要があるのかは、導入時に確認したい論点です。

今後は「法定健診+福利厚生」より広い設計が必要になる

今回の報告書が示している変化は、単に企業向けの検査メニューが増えることではありません。

法定健康診断、医療保険者の保健事業、自治体検診、企業が任意に提供する検診が別々に存在している中で、必要な労働者が適切な検診へアクセスし、異常が見つかった場合には精密検査や治療へ進み、治療が就業に影響する段階では両立支援へ移行する。その接続部分を職域でも支える方向が示されたと考える方が、今回の報告書を理解しやすいでしょう。報告書は、医療保険者・地域保健との連携に加え、健康経営との連携を通じた企業の取組の見える化や社会的評価にも言及しています。

企業が現時点で直ちに新しい検査を追加する必要はありません。むしろ、自社で既に実施している法定外検診について、対象者と検査方法に根拠があるか、要精密検査者を医療へつなげられているか、結果を会社がどこまで取得しているかを確認する方が先です。

次に見るべきなのは、報告書に添付された案がどのような内容で正式なTHP指針として公示されるかです。そこから、国が示す具体的な検診の考え方、中小企業への支援、健康経営施策との接続が明らかになれば、企業の健康施策は「疾病を防ぐ」だけでなく、必要な疾病を適切に見つけ、医療と就業へつなぐ仕組みまで含めて設計する段階に入っていくと考えられます。

参考資料

  • 事業場における労働者の健康保持増進の在り方に関する検討会 報告書
  • 事業場における労働者の健康保持増進のための指針
  • 労働安全衛生法(e-Gov法令検索)
  • 健康増進事業実施者に対する健康診査の実施等に関する指針
  • 労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針

※ 2026年8月24日時点では、報告書添付のTHP指針新旧表は「案」であり、今回の二次予防を盛り込んだ改正指針の正式公示は確認できていません。公開時点で新たな公示がないか再確認してください。